『攻殻機動隊 ARISE』『攻殻機動隊 新劇場版』

 

 

 

全4エピソードと、次作にあたる劇場版『攻殻機動隊 新劇場版』の前日譚である「PYROPHORIC CULT」、そして『攻殻機動隊 新劇場版』を見終えた。テレビシリーズが初出ではなく、1エピソードごとに劇場公開されたものらしい。1エピソード60分くらいなので、いわゆる『空の境界』形式(……なんとなく、OVAくらいの規模感の作品が劇場公開されるというと、これのイメージが強いので)である。後にテレビ向けに再構成されて放映されたようだ。

内容は、神山健治版の「仄めかしつつも説明しきらない」という抑制の効いた感じから、先祖返り?しており、原作並みに「よく分からん」感じの『攻殻機動隊』である。正直、解説が欲しいところだが、インターネットでサクッと探した限りでは、原作に対するものほど熱心に解説しているサイトは見つからなかった。

9課発足前から話が始まり、メンバーが徐々に揃っていく過程を見ることができる。時系列的には、『攻殻機動隊 新劇場版』において、原作冒頭で極東通商代表部が素子に射殺されるシーンが描かれているため、本作は押井版、神山版とも異なるパラレルワールドなのだと考えられる。

若かりし頃の素子が、とにかく見切り発車で行動してはミスするという展開がよく出てくるのと、やたらと周囲に食ってかかるような若さが特徴的で、「こんなの少佐じゃない……」という気持ちが出てくる。もちろん、そういう完璧じゃない頃の少佐を描きたかったんだろうけど。そういった余裕のなさが際立つので、なんだったら押井版と原作の素子造形以上に、本作の素子像は他作品の素子像と乖離していると言えるだろう。

あと、他作品ではあまり気にならなかった、仮にも国直属である他部署や軍隊の無能さが目立つこと。やたらと「ウィザード級のハッカー」という単語が頻出し、そいつらに簡単にハッキングされてしまうんだもの。素子を含めたハッカーと、それ以外の有象無象というようなパワーバランスが、リアリティを著しく阻害している。

そんな感じで、いろいろと不満はある。……が、1話の冒頭で、素子がカウンターに載せてある重い荷物を地面に降ろすシーンの、確かにその重さが伝わってくる描き方を見て、予感があった。これは……作画アニメといってもいいのでは? と思えるほどの作画の充実。タイマンシーンや、2話でのカーチェイスなど、アクション描写に関しては他作品よりも確かに力が入っており、見どころがあった。

また、義体化にあたっては、それを維持・更新しなければならないというリソースの問題が前景に出てきていて、それゆえの葛藤と超克というのが、このシリーズを貫くテーマにもなっていたりする。このテーマの突き詰め方も申し分なく(ごめん、偉そうなこと言ったけど、完全に話の内容を咀嚼できたわけではない……)、第4の『攻殻機動隊』として文句のない作品だった。

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』

神山健治監督によるテレビアニメシリーズの『攻殻機動隊』である『攻殻機動隊 S.A.C』シリーズ。10年前くらいにも1通りは見ていたが、その時には「普通に面白い!」くらいでそこまで引っかかるものは無かったと思う。今回、原作と押井守verをきちんと消化してから、本シリーズに臨んだどころ普通どころか間違いない傑作だった。

士郎正宗原作においては、「電脳化」や「義体化」にあたって登場キャラクター達は全く悩まない。ただただそういった最新テクノロジーを謳歌するのみ。そして、それは凡百の作品がそこにドラマを持ち込むであろう点をオミットできているという意味で、非凡なことだ。それが原作を特別なものにしていると思う。

一方、押井守verは「電脳化」や「義体化」にあたって希薄となったアイデンティティに焦点を当てた。これが押井守監督の作家性に見事に合致しており、『攻殻機動隊』という強力な題材に負けない押井守監督の作品として、ジャパニメーションとしての金字塔を打ち立てた(ごめん、偉そうなこと言ってるけど押井守監督の作家性が分かるほど他作品まで見てない...)。

そういった偉大な先行作品を持ちながら、本シリーズはテクノロジーと信仰の軋轢、利権をめぐる巨大企業による暗躍、難民を巡る国際的な問題...こういったハリウッド型のエンターテイメント要素を盛り込んだ痛快な娯楽作品となっていて、見事に異彩を放つことに成功している。

wikiによると「もし草薙素子が人形遣いと出会わず、公安9課に残っていたら」というパラレルワールドであるという前提に立っているらしく、要所要所に登場する原作要素の読み解きが楽しい。『Solid State Society』なんか原作2巻の素子同位体同士の戦いに、1巻の「聖庶民救済センター」への侵入話を織り交ぜて...と、原作使った三題噺の様だった。逆に言うと、こういうifの楽しみというフックがあることによって理解できたという部分も決して少なくなかったので、『攻殻機動隊』を楽しむうえでは、本シリーズを入り口として、原作には立ち返ったほうが良いんだろうなと思う次第。

 

面白過ぎて1日で全26話を見終えてしまった。「笑い男」事件を追いかけるという一つの大きな流れはあるものの、基本的には1話完結で、毎回毎回独自の趣向が凝らされた話が楽しい。冒頭から、例の「企業のネットが星を被い、電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど、情報化されていない近未来。」という文言ではなく、独自のアレンジがされた文章が流れてきて、偉大な既存作品に挑戦する気が満々で頼もしい。

9話でのネットワークを介したチャットルームでのディスカッションシーンなんかを見ると、原作2巻で士郎正宗が提示した電脳のイメージの影響って大きいんだな。このシリーズ屈指のトラウマ回である10話と13話のせいでシリーズ全体に露悪的な暴力描写のイメージがなんとなくついてしまっていたけど、いや、そんなことは全くない。
15話で個性の生まれたタチコマが繰り広げる神の概念が面白かった。

「神って奴の存在も近頃は分かるような気がしてきたんだ。もしかしたらだけどさ、数字の0に似た概念なんじゃないかなって。ようするに、体系を体系たらしめるために要請される意味の不在を否定する記号なんだよ。そのアナログなのが神で、デジタルなのが0。」

元ネタがあったりするのかな。

 

排外主義の風潮が高まる中、日本史上初となる保守路線の女性首相が誕生...。識者の間では、割と現在の日本みたいになることが予想されていたんだろうか。
2話目が『タクシードライバー』の露骨なパロディだったり、3話目が『CAT'S EYE』のパロディをしつつ、ドール愛好家たちの集まりに潜入する際に荒牧課長の愛玩ドールに少佐が扮したりと、かなりやりたい放題。パズやサイトーに焦点を当てた回もあったりと、1期目でやるべきことはやりきったのか、遊び心やファンサービスを感じる脚本が多い。
最後の最後まで、9課のメンバー相手に常に上手に立ち続けた敵役のゴーダも忘れ難い印象を残す。結局、9課は最後まで彼の掌の上だったわけだものなぁ。
初見時には、きちんと細部まで理解できていたのか怪しいストーリーも原作の難解さに向き合ったゆえか、あえて説明しきらないバランス感覚が端正に感じる。

物語のラストが、原作や押井verの冒頭で繰り広げられる最初の密談シーンに繋がり、暗殺対象がゴーダになるという本歌取りは心憎い。(なによりタチコマの自己犠牲に涙...)

 

反動保守の国粋主義者で、純血の日本人による支配階級の形成を公約に掲げる政治家とか、現代日本に今に出てきそう...。こういった人間が移民だけでなく子供産まない人間を侮蔑的に見るというの完全に解釈一致。
親権の強さゆえに家庭でDVを受けている子供を救えないという現状を巧みに掬い取っていて、本作で「傀儡回し」が行ったことを簡単には批判できずに単純な結論を出せない。苦い後味が残る。
しかし、神山健治監督のこういったポリティカルな要素を取り扱いながら、娯楽度の高いエンタメ作品を作るという手腕は、アニメの監督としてはかなり珍しい作家性じゃないか? 鑑賞してて先見性の高さに感心してしまった。

 

『攻殻機動隊』士郎正宗

今期放映されている、モコちゃん監督によるアニメシリーズ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』が面白い。『攻殻機動隊』は幾度も映像化されており、基本的にはどれも、最初に映像化された押井守監督の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の影響下にあると思われるが(草薙素子の造形とか)、モコちゃん監督ver.は原作に立ち返り、原作に準拠する形となっている。……ということが、識者の間で騒がれていた。

全10話で、残すはあと1話。自分も毎週楽しみに見ていた。今回のアニメシリーズの良いところは、欄外に著者の注釈もびっしり詰まっていて、とにかく書き込みが多く、分かりづらい原作をかなりかみ砕いてくれている点だ。このアニメを導入線として、あらためて原作に挑みたいという気持ちが湧いてきた。

何気ないコマのちょっとした描写が後の展開の伏線になっていたりして、とにかく説明過多な演出があふれるなかで、「徹底して説明しない」というのがこの漫画の特徴なのだと思う。自分も以前から何度か読もうと思っては挫折してきた。ところが、アニメの放映を見た後だと、それが……読める! 読めるぞ!

リニアに情報が整理されて流れてくるというのが、映像の良いところだと思うので、本当に入り口として最適だと思う。ただ、それでも何気ない背景情報や単語の意味など、分からない点は解説系の記事やYouTubeチャンネルなどを参考にした。さすがにこれだけのビッグタイトルだと、いろいろ参照できるものがあってありがたい。

参考にしたチャンネル

https://youtu.be/EcFEOlNwrUs?si=gSR8-CmLVRDw9nZ0

 

モコちゃん監督verは、多少のオリジナル要素は加えつつも、原作『攻殻機動隊』の1巻分である草薙素子が人形遣いと融合するまでがアニメ化されている(現時点では、だと思われる)。押井守監督verの『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』と『イノセンス』も基本的には構成される部品はこの第1巻から取られている。ただ、今回改めて両作を見返してみると、電脳化や義体化によるアイデンティの揺らぎという主題がかなり明白で、これだけ強力な作品を料理して自分の作品にしてしまえる押井監督という人の作家性の強烈さが際立った。

また、原作のどういったエピソードを基にして、そこにそうした作家性が注ぎ込まれているのかが分かるので、『イノセンス』における択捉経済特区やロクス・ソルス社といったイメージの膨らませ方なんかも、本当にすごいと感嘆した。

参考にした記事

原作『攻殻機動隊』 全話解説|ヒト|note

 

出版の順序としては、2巻の後にこの1.5巻が出版されたらしい。
1.5巻の半分近くは、1巻にて人形遣いと融合した素子が第9課を離脱後の、残された課員たちの活躍が描かれる。収録されているのは以下の4編でどれも前後編という形で構成されていて、それぞれ著者の簡単な解説もあり。1話だけ融合後素子も話の中に登場。 ・FAT CAT
・DRIVE SLAVE
・MINES OF MIND
・LOST PAST
 もう半分は、『S.A.C』のアニメ化に伴い、士郎正宗側からスタッフに提案として出されたサンプルプロットで著者曰くこういうことがあったという「読者諸氏への報告」として収録しているとのこと。こういう形で証跡が残されることも珍しいし、著者の見識の高さが伝わる。

 

わ、分からん。1巻で人形遣いと融合を果たした草薙素子。この巻では同位体と呼ばれるような草薙素子クローン(といっていいのか)同士の、抽象的なネットワーク電脳バトルが全編で繰り広げられる。1巻でもあったスピリチュアルな要素も前面にでてくるので、とにかく描かれている事象に対して解釈を行うという読者の能動的な姿勢が必要。ただありがたいことに、現在では本書の内容を細かく解説してくれる記事もネット上にはあるのでそれを参照しつつ、どうにか読んだといえる状態にはなった。

参考にした記事

攻殻機動隊 2 全解説(仮) 1章~3章|E.Hoba

 

『完訳 ニーベルングの指環 (角川文庫)』リヒャルト・ワーグナー (著)/ 『ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》』ジェイムズ・レヴァイン

 

ジークフリート伝説に関する本を読んだら、現代においてジークフリート伝説を取り扱ったコンテンツとして最も代表的なものの一つであろう、ワーグナーの『ニーベルングの指輪』にも触れたくなった。

ワーグナーの『ニーベルングの指輪』は楽劇(オペラ)であり、「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の4部作となっている。実際の上演期間としては4日にも及ぶらしく、作品を収録したDVDの収録時間を見るに、全部鑑賞するのに10時間以上はかかる……。当然、気軽に挑めるような感じではないので、将来的に実際に観るかどうかは分からないとしても、事前に筋だけはきちんと把握しておきたい。そこで本書である。

楽劇の書籍ということで、シナリオ集のような感じなのかなと思ったら、きちんと小説としてパッケージされていて、普通に読み進められる。624ページとなかなかに大部に思えるが、文字組には結構余白があるので、スラスラ読めた。

内容自体は、ニーベルング族のアルベリヒとミーメが気の毒で気の毒で……。冒頭でライン川の娘たちにちょっかいを出しただけで、そんなに悪いことやってないじゃないの!?

 

オペラの鑑賞は初めて。オペラ好きという知人からおススメされた。

そもそも舞台芸術の鑑賞が苦手で、広いステージ上のどこに、どれだけ注目すればよいのかが分からないのね。発声している人に注目すればいいのだろうけど、それを受ける演者をどれだけ見ればいいのか、というね。

観た感想は、正直「よく分からない」に尽きるのだけど……。全編クラシックをBGMに、良い声でメロディー(といっていいのか……)を付けて、歌い上げるようにセリフを乗せていく展開は、なんとなくでも最後まで観ることができた。続きを観るかどうかは分からないけど、まあ、悪くなかった。

オペラというと、『FF6』の作中イベントで、作中のキャラがオペラ歌手を演じさせられるという展開が今でも印象に残っていて、そういった教養の種みたいなものを当時埋め込んでくれたことには感謝がある。……それが芽生えるかは分かんないけど。

 

 

『『オデュッセイア』入門 (河出新書)』松村一男 (著), 沖田瑞穂 (その他)

 

ちょっと期待していた内容とは違っていた。

「はじめに」にあるように、紀元前に創作されたものでありながら、1800年代に再発見された『ギルガメシュ叙事詩』とは違い、常に人々に親しまれてきた『オデュッセイア』。それが今日に至るまでどのように受容されてきたのか、という話を期待していた。しかし、受容史については、あまりページが割かれていない。主に語られるのは、『オデュッセイア』という作品の構造分析と、著者の専門分野であると思われる他の神話との比較である。

今度公開予定の、クリストファー・ノーランによる『オデュッセイア』の映画の予習目的で読み始めたのだが、本書では『オデュッセイア』を影響源とする作品として、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』が挙げられている。これを踏まえると、どちらかというとSF畑の人というイメージが強いノーランが、唐突に『オデュッセイア』に取り組んだ理由として、自分が影響を受けた作品の系譜をたどり、その原点に触れたかったのかなと、なんとなく推測される。

補章では、本編を担当した松村一男氏ではなく、沖田瑞穂氏によって、現代日本における『オデュッセイア』的な物語が挙げられている。

・『ダンまち』
・『十二国記』
・『無職転生』

本編では、『オデュッセイア』の魅力として、家族という普遍的な要素が大きいことが語られている。一方、現代では、その帰属先としての家族というものが希薄になっているわけで、上記の作品群は、構造としては『オデュッセイア』を引き継ぎながら、新たな帰属先を模索していると評されている。

これは、補章としては本編で物足りなかった点を見事に補っていて、実にナイスだ!

旅とはもはや単なる帰還ではなく、家族や共同体を再定義し、それを引き受けるための神話的プロセスなのである。(p195)

 

 

以下、読書メモ。

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『ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)』矢島 文夫

 

実際にギルガメッシュ叙事詩が楔形文字で記述されていた十一の書版の構成に合わせる形で、それぞれの版に記載されている内容の翻訳が主な内容となっている。実際に欠落していて容易に翻訳できない部分も多く、そういった箇所に関しても該当分が欠落しているという事を分かるように翻訳している(もしくは推測して記述している部分はそのことが分かるように)。

直訳に等しいので、かなり文章はたどたどしい。そのため入門には向かず、単純なストーリーを把握したい向きには、ギルガメッシュ叙事詩に限らず、メソポタミア神話の著名な神話を収めた同著者の以下の書籍の方が良い。

saw13.hatenablog.com

ギルガメッシュ叙事詩の翻訳と同じくらいの比重で収められているのが、ギルガメッシュ叙事詩にまつわる研究の歴史で、なかなかにガチな書籍である。個人的には上記の『メソポタミアの神話』だけで充分だった。

文庫化にあたっては、ギルガメッシュ叙事詩の翻訳・解説という構成と同様に「イシュタルの冥界下り」が収録されている。文庫版まえにでた初版が一九六五年とあるので、ギルガメッシュ叙事詩の本邦初翻訳も本書でありつつ、現在までギルガメッシュ叙事詩といえばこれという立ち位置を占める本として在るのだろう。となると、研究も進んでいると思われるので中身も更新できそうな気もするけど...。著者の矢島さんはすでに亡くなられているとのこと。「はじめに」に記載されている、原語からの翻訳を試みるも、肝心の言語でギルガメッシュ叙事詩が記載されている書籍が手に入らず、井筒俊彦から借り受けたという話が面白かった。やっぱビッグネーム同士でネットワークが出来るんだな。

『メソポタミアの神話 (ちくま学芸文庫)』矢島 文夫

 

丁度、『崩壊スターレイル』の『Fate』コラボでもイシュタル神が出てきており、良いタイミングでメソポタミア神話についての読書をした。

自分が『FGO』のアニメ「絶対魔獣戦線:バビロニア」を通して馴染みがあるギルガメッシュ、イシュタル、エレキシュガル、ティアマト、マルドゥークが登場する原典が網羅されており、思ったよりもメソポタミアにおける把握しなければならない主要な神は少ないという事が分かった。というか、『ギリシア神話』に登場する神々が多すぎるのだろう。

上記の神々が登場するのは以下。

・『エヌマ・エリシュ』

・『ギルガメシュ叙事詩』

・『イナンナ/イシュタルの冥界下り』

もちろん、上記以外にも著者が選別したと思われるメソポタミア神話が挿入されているが、『ギルガメシュ叙事詩』を除いては、基本的には一遍一編は10~20ページほどでかなり短い。気軽に読める入門書である。

 

以下、読書メモ。

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