『ミレーと4人の現代作家たち -種にはじまる世界のかたち-』山梨県立美術館

2023/8/25

今年の夏はとにかく暑くて、結構興味深い展覧会が主に東京で開かれていたにもかかわらず、あまり行かなかった。家で漫画読んだり、アニメばかり見ていて美術鑑賞は控えめだった。

そんな中でも青春18きっぷが余っていたのと、お隣の山梨県ということもあって、ここだけは来ておきたかったのが山梨県立美術館。美術に関心を持ちだしてから、国内にある西洋美術を所蔵しているところを調べて、ミレーを持っている美術館があるというのでずいぶん興奮した記憶がある。ようやく来れたわけだ。

富士駅から身延線甲府駅までいくのだけど、多分この鉄道線を利用するのは人生で2度目。以前、神社や城郭巡りをしていたときに、武田神社甲府城を見るために山梨に来た記憶がある。乗るたびに、想像より距離が短く運賃も安いので驚く(多分、飯田線と混同している)。大体、特急使わないで3時間ほどで、運賃も1690円だ。

 

甲府駅

甲府駅に到着。写真見てもわかる通り、当日は快晴で実に気持ちの良い天気だった。うっすらと駅回りもこんな感じだったという記憶も残っていて、少し懐かしかった。

まずは、腹ごしらえということで、南口から出て少し歩いたところにあるつけ麺が美味そうな「善之介」というラーメン屋へ。事前に調べておいたところだと「つけ麺 一九九二」というところが気になっていたんだけど、改装中なのか潰れてしまったのか店が開いていなかった。

割りばしくらいの太さ、それに見合った歯ごたえの麺で大好物な感じだった。冷めたスープを無料で温めてもらえるという良いサービス付き。ただ、例のごとく、美術鑑賞の前に食べるには量が多すぎて、大盛にしたのを後悔...。反省できない。

山梨県立美術館

ちょうど、甲府駅とお隣の竜王駅の中間くらいに山梨県立美術館は位置しており、普段だったら歩いても行くような距離だったが、熱中症が怖いような気温と日差しだったのでバスで向かうことにした。

甲府駅の南口前にあるバスターミナルの1番線から出ているバスに乗って、山梨県立美術館前まで。

事前に、以下の書籍で予習してから来た。

 

 

上記の『「農民画家」ミレーの真実』によると、美術館オープンの半年前に山梨県でミレーの『種をまく人』と『夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い』を購入して、社会的なニュースにもなっていたそうで。

ja.wikipedia.org

wikiなんかみても、開館前から山梨県の文化事業振興として、バルビゾン派の所蔵作品を目当てに県外からも人が来るようにという意向が強い。こういうコンセプトがはっきりと打ち出されて、日本で気軽に近代以前の西洋絵画に触れることができるというのは非常にありがたい。

『ミレーと4人の現代作家たち』とあるように、ミレーの作品と合わせてそれに関連するように現代の日本の作家によるインスタレーションの展示があった。インスタレーション自体、私が苦手とするという事もあるけど、ミレー作品の鑑賞の邪魔になっているようなところもあったりして、正直展示のかさ増しに思えるようなところもあってイマイチだった。

↑上記のように、絵画の前に絹糸が置かれていたり。

こちらは、真ん中の白い道を歩けるというものだった。

肖像画

肝心のお目当てにミレー作品について書いていく。

まずは最初のセクションに、初期のミレー作品である最初の妻(ミレーは2回結婚しており、最初の妻とは結婚2年半ほどで死別している)の肖像画があったのが目に留まった。

ミレーが地元のシェルブールから、パリに出てきて1840年のサロン展で初入選したのち、故郷に凱旋。その後、1841年にミレー27歳で結婚した当時20歳のポーリーヌ・オノの肖像画。この頃から、再びパリに上る1840~1843年がミレーの肖像画家としてのキャリアのピークということ(『「農民画家」ミレーの真実』)。

現存するポーリーヌの肖像画は全部で4点あってそのうちの1つがこちら。この後、1844年に再度ミレーがパリに上ったのに連れたった後、結核でなくなってしまう事を思うと、そのポーリーヌの繊細さが伝わってくるようでもある。

『種をまく人』

おそらく山梨県立美術館の所蔵するミレー作品の中でも目玉と思われる(多分)『種をまく人』である。この『種をまく人』の油彩は5点存在しており、その中でもこの山梨県立美術館verとボストン美術館が所蔵しているものとで、どちらが1850年末から翌年のサロン展に出品されたものなのかで議論が巻き起こったらしい。そして、当時サロン展に出品された際も、二月革命後のフランスということもあって、左派右派でこの絵画に対して議論を巻き起こしたという。ボストン美術館のフォンテーン館長(1984年時)いわく「ミレーは論争の種をまく」という言葉にふさわしい。

実物を見てみた感じだと、前知識にあったとおり非常に厚塗りで、もう一つは絵の具が劣化しているのか発色が悪くて暗く見にくいということ。なので、写真や本で見る状態のもののほうがよく思えてしまい、正直がっかりした。

ただ、おかげで大きな発見があった。ミレー作品は、この『種をまく人』と同室にあったエッチングリトグラフなどの版画のほうが、好きだということだ。

エッチングリトグラフで細かい技術的な差異はわからないものの、エッチングのほうが線がきれいで、リトグラフのほうがクレヨンで塗ったみたいな質感になるような理解を当面している。

ミレーの油彩画は、決して色彩に惹かれるみたいなところはなくて、前述したように元からなのか絵の具が劣化しているからなのかわからないが、非常にくすんでいるため描写されている対象がわかりづらいんだよね。岩波書店のマークが『種をまく人』であるように、また農民の顔を描かなかったりと、ミレーはその対象を抽象化したり、切り取るセンスが長けているように思う分、油彩だとそれが伝わりづらい。版画だとそれがわかりやすくなっており、とてもデザインチックでそれが非常に魅力的。

また、見慣れない技法として「ガラス版画」というものもあった。パット見た感じだと、エッチングとの違いが判らなかったのでちょっと検索。

www.atelier-blanca.com

1850年代から70年代にかけてバルビゾン派の中ではやった技法という事で勉強になった。

このように版画家としてのミレーの魅力がよく分かる展示になっていたと思う。たいていの美術展だと版画まわりはスルーなので、これからはそういうところも注目できるようなれたらうれしい。

パステル画

1850年代のミレーは『落ち穂拾い』『晩鐘』などで非常に充実した時期であり、その後の1860年代に入るとパステル画に挑戦するようになった。1865年に、パリの建築・不動産業者エミール・ガヴェが、画家に新しい分野の仕事を依頼したいと申し出る。それがパステル画の大量注文だった。

パステル画でミレーが開眼したのが風景表現の美しさだった。ここにきてミレーの画を覆っていた褐色のフィルターが外されて感がある。パステルは絵の具のように混色できないため、たくさんの色彩を駆使することになり、トーンは柔和で明るくなる。

...以上、『「農民画家」ミレーの真実』より。

今回の展示にもパステル画が飾ってあり、確かにそれまでの油彩やエッチングを異なる色彩に目を奪われた。上述したミレーの画史を知っておくと感動もひとしお。

最後のセクションに、山梨県立美術館開館前に購入したもう一つのミレーの名作『夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い』もあったので撮影した。

これは夕暮れの表現が美しかったなぁ。

 

ミレーは、1853年にフォンテーヌブローの森を針葉樹林化して開発する事業に反対し、ルソーとともにナポレオン三世の皇后ウジェニーに直訴状を送り、森を守ったという業績がある。その功に対して、1884年に二人の画家の記念碑が森の入り口に建てられている。その原型から鋳造されたものが美術館前にもあった。

 

宿泊、二日目

その後、疲れたのものあってすぐに宿泊施設へ。

「space AJITO」という施設で、カギは別の電子タバコ屋に寄って事前に借り受けておくという仕組み。寝巻を忘れてしまって、汗だくの状態でぐったり。体調も悪くしてしまったようで、終始頭痛に悩まされた。一泊する必要はなかったかなとちょっと思う。外出する気力もなかったので、ずーと寝たり、スマホいじったり、読書したりしていた。

吃驚したのが、翌朝の7:00~に急に非常ベルでたたき起こされたことで、同じ宿泊客の中で誰か禁煙スペースで喫煙かなんかしたのかと思ったら、下の回の店主がバルサンかなんか炊いたのが理由だったそう。これには驚いた。音量が尋常じゃないんである。家族連れので宿泊していた前の部屋の人がオーナーに聞いてくれて、判明した。

 

二日目の朝兼昼飯として、甲府駅北口のそば屋「丸政」へ。

上は「コラチャーそば」というもの(コラボチャーシューの略?)。この手の店では珍しいくらいのつゆの濃さで素晴らしかった。つゆだけで飲み干せないレベル。

最後にちょっとここから歩いて、10:00開店の銭湯へ。昨日、風呂に入らなかったので気持ち悪くてしょうがなかった。

喜久乃湯温泉

古き良き銭湯といった感じだった。営業開始時刻の10:00ちょうどに行ったら、すでに男女含めて6人くらいいた。2人は常連っぽくて、4人は登山客かな? サウナと水風呂もあったけど、両方ともぬるいので、それ目的だと残念かも。普通にゆったりと入浴できたので良し。

山梨文化会館の、丹下健三建築とかほかにも近代建築で面白そうなものがいろいろありそうだったけど、疲れていたのでとっとと帰途に就く。ミレーに関してはみっちり予習したので、濃い鑑賞体験ができたと思う。満足。